神奈川県医師会 菊岡会長からの新型コロナウイルス関連コメント

市民の皆様へ

◆侮らないで◆
 新型コロナウイルス感染に関する連日の報道で、「親も子供もストレスで大変です」と
マスコミが取り上げています。だから、ストレス発散のために、外出したいという気持ち
もわかります。
 爆発的な感染拡大に若い人たちに危機感はないのは当然かもしれません。若い人は感染
しても比較的軽症ですむケースが多いからです。しかし現実は若い人でも、重症化して一
定数以上は死亡するのです。
 もし、自分の知り合いの人がコロナ感染症で亡くなられたらきっと哀しいはずです。そ
して、亡くなった人にうつしたあなたが、入院せずに軽度ですんでも本当に喜べるでしょ
うか。不用意に動き回るということは、その可能性を増やしてしまうことなのです。今は
我慢する時なのだということを、ぜひ理解してください。出来るだけ冷静に、そして自分
を大切に、そして周囲の人を大切に考えてください。

◆ごまかされないで◆
 この新しい未知のウイルスに、本当の専門家がいません。本当は誰もわからないのです。
過去の類似のウイルスの経験だけですべてを語ろうとするのは危ういかもしれません。そ
して専門家でもないコメンテーターが、まるでエンターテインメントのように同じような
主張を繰り返しているテレビ報道があります。
 視聴者の不安に寄り添うコメンテーターは、聞いていても視聴者の心情に心地よく響く
ものです。不安や苛立ちが多い時こそ、デマやフェイクニュースに踊らされぬよう慎重に
考えてください。

 実際の診療現場の実情に即した意見かどうかがとても重要です。正しい考えが、市民や
県民に反映されないと不安だけが広まってしまいます。危機感だけあおり、感情的に的外
れのお話を展開しているその陰で、国境を持たない見えないウイルスは密やかに感染を拡
大しているのです。
 第一線で活躍している医師は、現場対応に追われてテレビに出ている時間などはありま
せん。出演している医療関係者も長時間メディアに出てくる時間があれば、出来るだけ早
く第一線の医療現場に戻ってきて、今現場で戦っている医療従事者と一緒に奮闘すべきだ
ろうと思います。

◆PCR検査の本当◆
 医療関係者は、もうすでに感染のストレスの中で連日戦っています。その中で、PCR
検査を何が何でも数多くするべきだという人がいます。しかしながら、新型コロナウイル
スの PCR 検査の感度は高くて 70%程度です(50%程度かもしれません)。つまり、30
%以上の人は感染しているのに「陰性」と判定され、「偽陰性」となります。
 検査をすり抜けた感染者が必ず(必ずです)いることを、決して忘れないでください。
「さっさとドライブスルー方式の検査をすればよい」という人がいます。その手技の途中
で、手袋や保護服を一つひとつ交換しているのでしょうか…。もし複数の患者さんへ対応
すると、感染者から非感染者への二次感染の可能性も考えなければなりません。正確に次
の検査の人に二次感染の危険性が及ばないようにするには、一人の患者さんの検査が終わっ
たら、すべてのマスク・ゴーグル・保護服などを、検査した本人も慎重に外側を触れない
ように脱いで、破棄処分しなければなりません。マスク・保護服など必須装備が絶対的に
不足する中、どうすればよいのでしょうか。次の患者さんに感染させないようにするため
に、消毒や交換のため、30 分以上 1 時間近く必要となります。テレビなどのメディアに
登場する人は、本当のPCR検査の実情を知っているのでしょうか。そして、「専門家」
と称する人は実際にやったことがあるのでしょうか。

◆胸部レントゲン検査やCT検査の困難◆
 胸部レントゲン検査や CT 検査を、もっと積極的にしないのは怠慢だという人がいます。
もし、コロナ感染を疑われるとした患者さんを撮影したとすると、次の別の患者さんを検
査する予定となっても、その人が二次感染しないように、部屋全体を換気するとともに装
置をアルコール消毒しなければなりません。その作業は 30 分以上、1 時間近く必要とな
ります。アルコールが不足する中、どうすればいいのでしょうか。メディアなどで主張す
る専門家やコメンテーターは、そのようなことを考えたことがあるでしょうか。

◆医療機関の現状◆
 今後感染のスピードが上がると、重症例も当然増えてきます。もし何百人もの感染者が
同時に出れば、その人たちを病院で治療しなければいけません。医療機関のベッドは、ま
たたく間に埋まってしまいます。それでも心筋梗塞や脳梗塞やがんなどの患者さんに対し
ては、いつものように対応しなければなりません。今までと同じように医療は維持しなけ
ればならないのです。
 軽症の人は、自宅や宿泊施設に移って静養や療養してもらい、少しでも新型コロナ感染
症の人のために、病院のベッドを空けるなどの素早い行動が必要です。そして、新型コロ
ナ感染者の治療が終わり、社会復帰しても良いというときこそ、素早くPCR検査をやっ
て確認し、ベッドを開けなければなりません。そのためにも、少しでも時間が必要なので
す。医療機関に時間をください。
 コロナ感染者の増加を、少しでも緩やかなカーブにしなければ、医療は崩壊します。

◆医療機関への偏見や差別◆
 皆さんは、咳をしたり、熱が出ていたりする人が近くにいたら、きっと嫌な顔をして、
文句を言うか、離れていくことでしょう。今この時も医療関係者は、コロナ感染の恐怖の
中で戦っています。戦っている医療機関の医師や看護師や事務職員にも、子供や孫、そし
て親はいます。その愛する人たちに、うつすかもしれないという恐怖の内で、医療職とい
う使命の中で戦っています。そして自分の子供が、バイキンと言われ、いじめにあうかも
しれないという、悲しみとも戦っています。
 市中の診療所ならば、医師自身が罹ったら、当然一定期間休診にするばかりでなく、診
療所のすべてのスタッフやその家族の心配もしなければなりません。そして、自分の家族
そのものに危害が及ぶことになります。実際に病院の中で重症の患者さんの治療を毎日繰
り返し繰り返し治療にあたり、家に帰っても人工呼吸器の音が耳から離れず、懸命に立ち
向かっている医師や看護師の人たちのことを想像してください。そんな恐怖といら立ちと、
そしてストレスの毎日の中で生活しています。
 わかってください。知ってください。理解してください。感染が拡大すれば、誰もが感
染者になります。そのとき、偏見や差別を受けたらどんな思いをするのか、一人ひとりが
賢明に考えて、不確かな情報に惑わされて、人を決して傷つけないように、正しい情報に
基づいた冷静な行動をするようにしてほしいのです。まして、地域の医療機関の活動が差
別意識で妨げられるようなことは、決してあってはならないことでしょう。

◆一緒に戦いましょう◆
 もう少し、もう少し我慢して下さい。四週間、何か月いや一年以上になるかもしれませ
ん。病気と闘って生きていたいと、つらい治療と闘っている患者さんもいます。生きてい
ることだけでも幸せなのだと、ぜひ、ぜひ思ってください。
 安易に外出して、密集、密閉、密接のところには絶対行かないでください。あなたの行
動が、新しい患者さんを作ってしまうかもしれません。
 お願いします。私たち医療従事者も、ストレスや恐怖に我慢して戦っています。
 お願いします。皆さんはぜひ、我慢と闘って、我慢してください。戦いは、長くてつら
いかもしれませんが、みんなで手を取り合って戦っていかねばならないのです。

             (神奈川県医師会長 菊岡正和先生のコメントを少し改編)