「第38回 尼崎市医師会“学術デー” 」(第655号令和6年7月1日)

第38回 尼崎市医師会“学術デー” 「DXで開かれる新たな地域医療」 6・15

生涯教育担当理事 鷲田 和夫

 
令和6年6月15日土曜日に「第38回尼崎市医師会“学術デー”」は、杉原加壽子会長の開会挨拶により開催となりました。今年は診療報酬改定の年であり、医療従事者・事務職員のベースアップや生活習慣病管理料の設定、医療と介護の連携など医療を取り巻く環境が大きく変化する中での開催でした。ハーティホール現地参加23名、Web参加58名、合わせて81名の先生方にご参加いただきました。日常診療にご多忙の中でご参加いただき誠にありがとうございました。
今回は「DXで開かれる新たな地域医療」をテーマとさせていただきました。近年、情報技術が目まぐるしい勢いで発展しています。今年の診療報酬改定においても医療DX推進体制整備加算や在宅医療DX情報活用加算が新設され、「医療DXの推進」が強力に推し進められています。医療DXの最近の動きや在宅医療を含めた地域医療のDX、治療アプリを活用したスマート療法について、それぞれの分野において第一線で活躍されている先生方にご講演いただきました。講演はそれぞれ大変興味深く、先生方の医療DXへの理解が深まり、地域のニーズや患者さんの幸福に寄与するものと思われました。
各講演内容は、当日の座長を務めました内藤武夫先生(高木先生担当)、鷲田和夫(宮田先生担当)、勝谷友宏先生(佐竹先生担当)にご報告いただきます。
来年の学術デーはより充実したものにするために全力を尽くしたいと考えております。このような企画をして欲しいというご要望がありましたら、生涯教育委員会・医師会館まで是非お知らせ下さい。
最後になりましたが、学術デー開催に際して貴重なアドバイスを下さった日下泰徳先生、久野里佳先生、中川勝先生、夏秋恵先生、山本房子先生、また準備に尽力して下さった事務局の皆様、本当にありがとうございました。
心からお礼申し上げます。

 

 

「医療DXの最近の動きについて」
社会保険診療報酬支払基金 審査支払システム共同開発準備室 室長 高木 有生先生
座長:生涯教育委員会 委員 内藤 武夫
医療DXが今後の医療の大きな柱であるという大きな声があり、今回の診療報酬改定では医療DXに関して重きを置いた改定となっています。一方で現場では、入り口のマイナ保険証の使用・普及の面で医療側よりむしろ患者側での戸惑いが強い状況であることはみなさんご経験されるところだと思います。
国の方針はどの様なものか、厚生労働省の保険畑の要職を歴任され、内閣官房やデジタル庁への出向歴があり、現在、社会保険支払基金に出向中である、この分野の最前線で仕事をされている高木有生審査支払システム共同開発準備室室長をお招きしてお話ししていただきました。
内容は医療DXのコンセプトから現状、今後に至るまでの多岐にわたる話でした。
DXとは診療現場の実データを集積・集約化したものを可視化し、現場に還元してPDCAサイクルを目指すものであり、デジタル化は、人間が中心であり、国民が誰一人取り残されない、共助の基盤である社会保障と目指すものは同じであるとし、医療分野のデジタル化では医師に他の医療機関で交付された薬剤情報など、診療に必要な患者の情報が共有されることが重要であることが話されました。また、医療情報は機敏な情報であるからこそ、患者本人を認証する仕組みのない保険証はデジタルの医療情報の共有のツールとしては使うことができず、医療情報の共有の仕組みとして、患者の同意と認証が可能なマイナンバーカードを用いることとなったことが話されました。マイナンバー制度・マイナポータル・オンライン資格確認・医療情報の共有、医療DX推進の工程・電子処方箋・電子カルテ情報共有サービス・共通算定モジュールについて話され、最後に現状として、患者のレセプト情報(薬剤情報、診療情報)を医師・薬剤師に共有する基盤は、オンライン資格確認により全国に整備されたが、これからは、医療機関にあるカルテ情報のうち共有に必要な情報を医療機関同士で共有する仕組みを整備する段階に入ったことが話されました。また、患者の利便性を考慮し、医療機関・薬局の窓口において、患者がマイナンバーカードを預けなくても資格確認ができる仕組みとして、顔認証を取り入れたとのことでした。(配布資料があります。ご希望の方は医師会館までお問い合わせください。)
質疑応答が活発に行われ、色々な疑問が投げかけられ、それに対して、演者に丁寧にお答えいただきました。
この講演・質疑応答等で実務的な面で私が興味を持ち、きっと読者の方も今気にされていると思われる点を以下に挙げておきます。
①現在の保険証(発行の)廃止後の対応
マイナンバーカードを持っていない、または持っていてもマイナ保険証の利用登録をしていない方には、保険者より申請によらず資格確認書という保険証に代わって資格確認に用いるものが発行されます。また資格確認書は、マイナ保険証を所持されている人でもマイナ保険証による資格確認が困難な場合に申請すれば発行されます。(資格確認書の有効期限は、最大5年で保険者が定めることとしており、更新は可能です。)
②マイナンバーカードを自分で作れない高齢者またマイナ保険証の機械を使えない人への対応
暗証番号が使えない人は、暗証番号の設定が不要となる顔認証マイナンバーカードを申請できます。
福祉施設・支援団体の方向けマイナンバーカード取得・管理マニュアルが作成されています。市職員などが福祉施設や個人宅に出張して、本人から申請を受け付け、マイナンバーカードを作成する仕組みが用意されています。(尼崎市では施設への出張申請は始まっていますが、個人宅への出張申請はまだ予定していないとの当局からの説明でした。)
子どもの認証について、申請時に1歳未満の場合には写真は不要です。18歳未満では5年毎にマイナンバーカードを更新します。顔写真の更新も必要です。子どもの場合は、暗証番号は親が設定し、医療機関での受診時には、親などが暗証番号により認証をすることもできます。
スマホ認証の仕組みについては、具体的な認証の方法は検討中とのことです。
③電子カルテ情報共有サービスに登録される項目
電子カルテ情報共有サービスに載せられる情報は、病院の退院時サマリー・診療情報提供書・健診結果・6情報(傷病名・薬剤アレルギーなど・その他アレルギーなど・感染症・検査(救急、生活習慣病に関する項目)・処方情報)が予定されています。
また、標準型電子カルテの作成までには時間がかかる様です。医療DXは、新型コロナウイルス感染症まん延の際の反省に立って着実に進めていく必要がある一方、道半ばといった感じで、今後、変化があり世の中のデジタル化の波に沿って進まざるを得ないなという感想を持ちました。また、国民皆が取り残されないと言うコンセプトのもと、デジタル化の波に対応することに逡巡する人たちに国はセーフティーネットを作っているのであろうと感じる内容でした。

 

 

「在宅医療を含めた地域医療のDX」
早稲田大学理工学術院教授/医療法人DEN理事長 理事長 宮田 俊男先生
座長: 生涯教育担当理事 鷲田 和夫
今回のご講演は在宅医療を含めた地域医療と発展が著しい医療DXについて宮田俊男先生に行っていただきました。以下、宮田先生のご講演の概要を記載します。
社会保障費の急激な増加、世界で類を見ないスピードで突入する超高齢化社会、さらには人口減少、物価の高騰など日本の医療・介護を含む社会保障制度は多くの課題を抱えている。一方で、世界的に新薬、新医療機器、再生医療、遺伝子治療の開発において日本は世界から遅れ、日本では開発の見込みがないドラッグロスの問題も発生し、生成AIを含むデジタル領域の競争は激化しているが、日本は周回遅れとなっている。国民皆保険制度を含む社会保障制度を維持するためには地域包括ケアシステムにDXを取り入れることで、働き方改革の流れ、厳しい診療報酬改定を乗り切らなければならない。
我が国は2025年に向けて高齢者人口が急速に増加する一方で、既に減少に転じている生産年齢人口は2025年以降さらに減少が加速する。医療提供体制の改革については2025年を目指した地域医療構想の実現等に取り組んでいるが、2025年以降も人口減に伴う医療人材が不足していくため、医療従事者の働き方改革といった新たな課題への対応も必要。在宅医療などの地域医療において医療DXを導入することにより人手不足の改善が期待できる。
医療DXの今後の方向性として医療者と患者さんが共にオンライン診療を適切に使っていくことが重要で患者さん側のセルフケアリテラシーも高める必要がある。例えば、医師が薬剤師と考えたアプリ「健こんぱす」を患者さんに提供することにより患者さん自身が自らの健康を育むセルフケアリテラシーを引き上げることができる。スマートフォンと電子聴診器を組み合わせることによりオンライン診療で心音などを聴診できる遠隔聴診器の運用も開始されている。 我々は鹿児島県奄美市の患者さんを対象に東京都からオンライン診療、オンライン健康相談を行なっており、遠隔地の高齢者の方々と継続した関係を構築できている。
オンライン診療の質の向上を促すために、SaMD(Software as Medical Device)やIoTデバイスの診療報酬を含めた開発環境の整備が必要である。診療報酬への提言もできるようにエビデンスを集める必要もある。対面診療とオンライン診療、セルフメディケーションを適切に組み合わせることにより、医療の質と効率の両立が可能になる。医療DXが鍵であり、かかりつけ医の新たなあり方も検討する必要がある。
医療DXとしてニコチン依存症や高血圧症などに対する治療用アプリや医師が様々な画像撮影装置を用いて画像診断を行う際に参考となる情報を提供するシステム又はソフトウェアであるAI-based CAD (Computer-Aided Detection)、および医療機器であるAI-based MD (Medical Device)の開発・普及が期待されている。医療DXにおいて活用される個人の健康医療データは急速に増加しており、個人の権利保護を前提として適切に利活用することが重要である。
以上がご講演の概略となります。医療DXの最新の知見を教えていただき、日々診療に従事されている先生方の医療DXへの理解が深まり、地域のニーズや患者さんの幸福に寄与するきっかけになれば素晴らしいと思いました。

 

 

「治療アプリを活用したスマート療法」
日本赤十字社医療センター 呼吸器内科/株式会社CureApp佐竹 晃太先生
座長:勝谷医院 院長 勝谷 友宏
学術デーの3番目に登場いただいたのは、株式会社CureApp代表取締役CEO兼医師である佐竹晃太先生である。佐竹先生は2007年に慶應大学医学部卒業後、日本赤十字社医療センターを中心に呼吸器内科医として研鑽を積まれた後、中国の上海にある中欧国際工商学院(CEIBS)へ留学され経営学修士号(MBA)を取得、次に渡米され米国ジョンズ・ホプキンス大学公衆衛生大学院にて医療インフォマティクス研究に没頭され公衆衛生学修士号(MPH)を修められている。帰国後の2014年7月という約10年前に現在のCureAppを創業する一方、現在も呼吸器内科医として臨床の現場に立ちながら、日本遠隔医療学会理事長、デジタル療法分科会会長、日本禁煙学会評議員などアカデミアでも活躍される先生である。
さて講演は「治療用アプリを活用したスマート療法」の解説より始まった。世界的には規制当局の承認を受けた治療アプリが結構臨床の現場で使われており、特に認知行動療法の分野での進展が著しい。薬物障害、注意欠陥多動性障害(ADHD)、不眠症などに実際使用されているほか、うつ病、パニック障害、糖尿病、喘息、COPDなどに拡大する予定と伺った。
一方わが国においては、2020年よりニコチン依存症が、2022年9月から高血圧の治療アプリがCureApp社より臨床で使用されるようになっているが、これまでの医薬品の開発と同様に、健康成人を対象にした第I相試験に相当するフィージビリティ試験、第Ⅱ相試験に相当する探索的臨床研究、そして患者対象には薬剤と同じように第Ⅲ相試験に相当するランダム化比較試験(RCT)を経て薬事承認、すなわち薬と同じステップを経て保険適応になっているプロセスも紹介いただいた。現在わが国で進行中の治療アプリとしては、アルコール依存症、NASH、癌、心不全、不眠症、慢性腎臓病、ADHD、うつ病、2型糖尿病、IBS、大腸癌、肺癌、頭痛などがあるようで、製薬会社も含めた複数の会社が実施しているとのことであった。CureAppのアルコール依存症、塩野義製薬のADHDは承認申請まで漕ぎ着けており、近日中に保険適応となるかもしれない。
ところで治療アプリといわゆるヘルスケアの分野でスマホ上で使用される「ヘルスケアアプリ」は何が違うのであろうか。これは前述した科学的エビデンスに基づく薬事承認・保険適応を受けたアプリで、薬と同じように「医師が処方する」ものという説明が腑に落ちた。アプリ開発のきっかけとなったのはジョンズ・ホプキンス大学時代に糖尿病治療アプリのRCTに接する機会があり、アプリ導入群はコントロール群に比してHbA1cが1.2%余分に下がったというインパクトに触発され、帰国後の起業意欲につながったそうだ。
最後に保険収載されている2つのアプリが紹介された。ニコチン依存症治療アプリは、患者アプリ、COチェッカー、医師アプリから構成され、アプリ使用24週後の継続禁煙率が63.9%であったのに対し、コントロール群で50.5%と有意差(p<0.01)がついたことから保険適応となっている。興味深いことに、アプリ使用を終えた後の52週後でも10%以上の差が継続していたことで、本アプリ使用が「禁煙を体得させる」メリットを生んでいることを示すものと考える。一方、私自身も日本高血圧学会の中で「高血圧治療補助アプリ適正使用指針」(https://www.jpnsh.jp/files/cms/740_1.pdf)の策定メンバーとして加わった高血圧治療補助アプリも紹介された。こちらは6ヶ月間、患者の生活習慣改善に伴走するアプリで、最初に高血圧や減塩、運動、節酒などの基本的知識を学びながら、日々実践できる生活習慣修正のための行動を患者に実践してもらい、これを知識と結びつけながら習慣化してもらうように、スマホの中のバーチャルナースが支援してくれるというものである。一方、日々記録した血圧や生活習慣修正のための努力は、主治医のPCの中でサマライズされた形で見ることができるため、生活習慣病管理料を算定して指導した患者が、外来と外来の間にどのような努力をして、どの程度の降圧が得られたかを一目で見られるような工夫がなされている。こちらもRCTを実施して、起床時の家庭血圧でコントロール群より4.3mmHg有意に下降したほか、発売後のリアルワールドでは患者群全体で8.8mmHg、65歳以上の高齢者では11.8mmHgの起床時家庭血圧の低下がしめされており、降圧薬1剤に匹敵する効果があることが明らかとなっている。自院でも導入できるかどうかは指針をご覧いただくかCureApp社にお問い合わせいただくのが早道と考える。
治療用アプリという薬と違う新しい切り口の治療法について、その開発の苦労話や先生の熱意も感じられる大変興味深いご講演であったと感じている。ZOOMでのご講演であったが、質疑にも熱心にご回答いただき、本当に有難うございました。