平成27年度インフルエンザ定期予防接種について(第550号 平成27年10月1日)
2015/10/01(木)
(第550号 平成27年10月1日)
尼崎市医師会理事 中川 勝
今年も秋風が吹きそろそろインフルエンザの予防接種実施が始まる季節を迎えました。しかし今年は昨年までと比べ大きな変化があります。この点について会 員の皆様に説明し、さらには前年のワクチンの効果が乏しかった理由(言い訳)を説明し、さらには来年以降さらに起こるであろう、革新的な変化について説明 します。なお近年発生が危惧されている新型インフルエンザワクチンのことは省略します。
1.昨年までのワクチンとの違い。
今年の6月に以下のように4株のワクチン株が選定されました。
A型株として
A/カリフォルニア/7/2009(X-197A)(H1N1)pdm09
A/スイス/9715293/2013(NIB-88)(H3N2)
B型株として
B/プーケット/3073/2013(山形系統)
B/テキサス/2/2013 (ビクトリア系統)
一番大きな違いは昨年までのAH1N1新型インフルエンザとAH3N2香港亜型インフルエンザとB型インフルエンザの3種のワクチンが一つの注射液と なった3価ワクチンに対し、今年のワクチンはA型インフルエンザに関してはほぼ同じですがB型も2種になっています。B型インフルエンザは元々ビクトリア 系株と山形系株の2系統がありましたが、その発生頻度は平均的には7:3の割合と言われていますが、どちらの株が多く流行するかあらかじめ決定することは 困難でした。WHOでは両者を含めた4価ワクチンを推奨していました。しかし我が国では生物学的製剤基準によって総タンパク量の上限が240㎍と規定され ているので4価ワクチンの導入はタンパク量の問題で不可能でしたが無理にB型はどちらか1つに決定していました。しかし今年からこの上限が廃止され、4価 ワクチンが製造できるようになりました。近年A型インフルエンザに対するB型インフルエンザの比率が高くなり国立感染症研究所の2013-14年では 1:0.57であり、私の中川診療所では1:1.33と比率が逆転しB型の患者の方が多くなりました。B型ワクチンの有効性の改善は感染予防の点から大い に評価されます。
しかし問題もあります。従来の3価ワクチンに比べ4価ワクチンは実質的に1価分のワクチンが増えるため価格の上昇は避けられません。実際ワクチンの価格 は昨年に比べて約50%増しになります。当然のことながら尼崎市医師会会員の診療所でも接種価格は値上げになると思いますが、60歳以上や公費負担対象者 の定期接種の自己負担額も1000円から1500円に値上げされます。接種者への十分な説明をお願いします。尼崎市を含む阪神間6市1町(西宮市、伊丹 市、芦屋市、宝塚市、三田市、川西市、猪名川町)では、ワクチンの接種期間は例年と同じく平成27年10月15日(木)から平成28年1月31日(日)ま でですが、阪神間6市1町以外の市外居住者の定期予防接種の費用は、昨シーズンまでは尼崎市長宛に予防接種実施依頼書を提出すれば尼崎市民と同額で接種を 受けられたのですが、今回からは全額個人負担となります。各医療機関は自身の接種価格を徴収して下さい。この場合でも健康被害が生じた際の責任所在明記の 観点から、尼崎市長宛の予防接種実施依頼書を確認した上で接種をお願いしたいと保健所側は主張しています。
2.昨シーズンのワクチンの効果が乏しかった理由
AH1N1新型インフルエンザのワクチンに関しては、ここ数年ウイルス抗原性に変化が見られず、かつ4シーズンにわたって使用されたため有効な血清抗体 反応が期待できましたが、残念なことに昨シーズンはこの型はほとんど流行しませんでした。AH3N2香港亜型インフルエンザに関してはウイルスの分離増殖 は世界的にはMDCK(イヌ腎臓由来)細胞を使用していますが、日本では使用できないため、代わりに孵化鶏卵を使用しなければならず、このとき分離増殖さ せたウイルスの抗原性が流行株と著しく異なった結果になり、流行株との反応性が大きく低下しました。一応孵化鶏卵で分離増殖させたとき流行株ウイルスの抗 原性と大きな変化を起こさないようなウイルス株を選定していますが、なかなかうまくいっていません。それに加え昨シーズンはAH3N2香港亜型インフルエ ンザの流行が主流であったため、結果としてワクチンが効かないということになりました。B型インフルエンザウイルスに関してもビクトリア株と山形株の2種 類があるが、そのどちらが流行するのかは現在のサーベイランスでは予測困難のため昨シーズンは山形系株をワクチン株として採用しました。しかもB型インフ ルエンザウイルスも孵化鶏卵で分離増殖させたとき卵形変異株となり流行株との反応性が低下する可能性が指摘されています。以上が昨シーズンワクチンがあま り効かなかったことの言い訳です。なお昨シーズンのワクチンが効かなかったことは、各医療機関が個別に輸入した経鼻生ワクチン(フルミスト®)でも同様で した。
3.来シーズン以後の展望
今後のインフルエンザワクチンに関しての話題は、まず第1に今年5月にアステラス製薬が組み替えインフルエンザHAワクチンを承認申請したことです。こ の方法はBEVS(Baculovirus Expression Vector System、バキュロウイルス・昆虫細胞系を用いたタンパク発現システム) と呼ばれる細胞培養法で製造したワクチンです。他社でも前述のMDCK細胞などの培養細胞系を使用したワクチンを開発中です。これらの方法では孵化鶏卵を 使用せず、短期間で大量生産が可能で、気候変動などによる孵化鶏卵の供給不安とも無関係であり(マヨネーズも不足しなくなる)かつ卵形変異株もつくらない 利点があります。来来シーズンからや、新型インフルエンザ出現流行時はこれらの方法が主流になると考えられます。第2に日本産の経鼻不活化ワクチンが使用 できる様になるかもしれないとのことです。ワクチンを注射ではなく点鼻投与すると注射の痛みがなく、インフルエンザウイルスの感染門戸である鼻気道粘膜上 でインフルエンザウイルス特異分泌型IgA抗体が産生されます。これは注射によって産生されるIgG抗体がウイルスがヒトに感染してからはじめて活動を開 始するのに比べ、感染そのものを阻止できる可能性が期待されます。現在免疫誘導を増強する粘膜ワクチンアジュバントとして2本鎖RNAが有望であると国立 感染症研究所のグループは見いだしています。第3は何時までもA型インフルエンザの抗原変異にワクチンをいじくることでつきあって行くのではなく、全ての A型インフルエンザや可能であればB型インフルエンザにも共通し、なおかつウイルス表面に露出しているタンパク質を標的とするワクチンの開発です。これが 可能になれば今年のワクチンは・・・・・、というドタバタ騒ぎは過去の物となるでしょう。夢の様な話ですが。 以上〝平成27年度インフルエンザ定期予防接種について〟の説明を脱線しながら終わります。おつきあいありがとうございます。